「カホール・ラバン」エッセイ集
63.現代キブツ事情
ユダヤ新年の休暇を利用して、イスラエル北部のキブツに住む友人を訪ねた。
自然豊かな風景がとても好きなのだが、友人は言う。「過疎問題が深刻な田舎の村」だと。
ほとんどのキブツが経営方針を変更して、給料制・個人化などを導入している。友人のキブツも改革が進んでいるそうで、いろいろと話を聞いた。
「人間のエゴがむき出しよ、こうなると。でもね、それを聞いた街の人達は、『キブツの人間が変わった』『昔のよき時代が』とか言うのよ。別にキブツの人間が突然、金の亡者になったわけじゃないんだけどね」
「ちょっと前に、キブツの経理主任が10年以上にわたって大金を横領して、街に大きな家を買ったり、海外でマネーロンダリングしてたってニュースがあったよね?」と私。
「あそこまでいかなくても、大なり小なりの横領はどこでもいくらでもあるって。
それがないキブツという方が不思議。結局あの事件も、芋づる式に数名の共犯メンバーが出てきたんだし。
それこそ昔からあったのよ。たとえば『食堂から黄色いチーズを持ち出して友達や親戚に配っていた!』『支給される労働着を家に溜め込んでいた!』とか。笑うでしょ? でも、食事や衣服が給料だった時代では、立派な横領だったの。今はもっとすごいけどね(笑)。
キブツ内部に住む人間にとっては、あの程度の事件は珍しくもなんでもない。ただ、街の人達や外国人は、キブツを『ユートピア(トマス・モア著)』と重ねて、『私利私欲のない人間が笑顔で働く夢のような社会』というような固定観念で見ていただけでしょうね」
「キブツは共産主義者のかたまりだ、とか?」
「一生タダメシが食えるから、という理由でキブツ・メンバーになった人がほとんどで、共産主義者でないのは確か。社会主義思想は持っているにしてもね」
「政治的には?」
「相変わらず労働党・メレツ支持は強い。政治に関しては、左派」
「政治に関しては、って、何だか含んだ言い方じゃない?」
すると彼女はこんなことを言った。
自称左派のキブツ・メンバー達は、入植者問題を聞くにつけ、入植者は出て行けと言う。西岸やガザから立ち退けと。宗教者に対してアレルギーを持っているかのように。
さて、キブツ内部で現在、「土地分け」問題というのが出ている。
そもそもキブツ・メンバーというのは、キブツの財産を共有する権利を持っている人のことで、キブツ・コミュニティに承認された人しかメンバーになれず、キブツの住人=キブツメンバーではない。
キブツはメンバーに対して、メンバーを辞めない限りの生活保障を負う義務があるが、それだけではなく、辞めた場合は財産の共有分を在籍年数に応じて分配しなければならないし、死亡した場合の遺産分与の問題も出てくる。
ところが、全員に対してこれを金銭で支払うだけの財力がキブツにはない。また、人間の高齢化とキブツの老朽化に伴い、メンバーが住んでいる家の増改築や修繕にもかなりの費用がかかる。
ならば、メンバーが住んでいる家と敷地を分配して個人財産としてしまえば、財産分与問題も改築修繕問題も解決するというわけだ。
ところが、この分配が大変な問題である。
「私の土地は日当たりが悪いから、もうちょっと広げてくれ」「私の家は道路に面してウルサイから、その分の差額が欲しい」「私の家は道路から遠くて不便だ。便利な場所に住んでいる人と差がありすぎる」
そして、「私は40年住んでいるんだ。隣りはまだ25年しか住んでいない。だから私はもっと土地を貰わなければ割に合わない」「何を言うか。私は仕事でキブツに貢献したんだから、それも評価するべきだ」
さらに、自分の土地と決まった所に境界線の塀を作る者。自分の土地だと主張して(たとえそれが隣人の土地であっても)、木を植えて庭を広げる者。自分が貰える敷地は狭いからもう一軒欲しいと主張する者・・・。
そして言う。「これは私の土地だ。私はこのキブツにX0年住んでいるんだ」
彼女の話を聞き、唖然とした私に、友人は笑って言った。
「分かるでしょ、キブツの人間っていうのは、国の政治に関しては左派なのよ。でも自分の問題になると皆が皆、極右派・強硬派に豹変する。もちろん、キブツだけじゃない。世界中の全ての人間に言えるだろうね」
変化していないキブツもあるらしい。
休暇を終えて家に戻ってからまもなく、TVのニュースで「未だにキブツ・ボランティアを使っているキブツ」を紹介していた。
友人のキブツでは既にボランティア制度を廃止し、それに代わって外国人労働者を入れていると言っていた。早速、電話してどういう事情なのか聞いてみた。
「キブツ・ボランティアっていうのは、本人たちは無料のつもりだろうけど、キブツにとっては、結構お金がかかるのよ。住居、生活費、各種手当、医療費諸々・・・、その費用を計算すると、イスラエル人の日雇いバイトと変わらないのよ。
どのキブツも、今は職場固定制を取っているから、外国人ボランティアを使った費用はその職場の費用になってしまう。キブツ内だから多少の赤字で潰れることはないけど、個人の給料にも影響してくるでしょ。その上、大半のボランティアが、仕事に対する責任感なんてない。だけど文句だけは一人前。運よくいいボランティアが来たと思えば、2〜3ヶ月後に帰っちゃう。
でも、外国人労働者なら、支払った給料で本人が全て賄うから、キブツは住居を提供するだけ。働くことを目的として来ているからとにかくよく働くし、ビザは2年有効。どう考えてもお得だもの。今、私のキブツの近隣で、外国人ボランティアを置いている所はどこもない。
TVで紹介されたあのキブツは、イスラエル有数のガンコな共産主義キブツなの。なんたって、7年前までキブツ教育制度を廃止しなかったことだから。それだけに、外国人ボランティアを受け入れを廃止していないことも理解できる。それにしても、あのキブツだけでボランティアが60人いるって言ってたよね?」
「イスラエル全土に1000人はいるらしいよ。キブツだけじゃなくモシャブも含めてなのかもしれないけど。何にせよ、旅行者がかなり増えてきているらしいね」 私が言った。
友人が言った。
「ま、外国人旅行者が増えることはいいことだし、キブツ・ボランティアっていう形でイスラエルを知ってもらうのもいいことよね。ほら、キブツメンバーは、政治的には左派だから」
(2004年9月23日 無断転記および抜粋・リンク禁止)
おまけ:友人に聞いたちょっと意外な話。
7月に亡くなられた作詞作曲家ナオミ・シェメルさんは、ガリラヤ湖畔のキブツ出身です。彼女は幼い頃からずば抜けた音楽と詩の才能を持っており、兵役後にキブツを出て、音楽学校に行きました。
しかし実は、彼女は音楽学校に行きたくていったのではなく、キブツでの居所がなくなってしまったからだったそうです。
兵役を終了したナオミ・シェメルは、働きもせずに朝から晩までピアノを奏で、時には子供相手に遊んでいました。他のキブツの誰もが鍬を揮って汗水流して働き、毎日泥だらけの作業着でいるのに、彼女だけが白い服で3度の食事を食べている。「指をけがしたらピアノを弾けなくなるから」と。
そのうち、『働かざる者、食うべからず、弾くべからず』ということになり、彼女からピアノが取り上げられてしまい、やむなくキブツを出ることになってしまったのです・・・。
建国直後の50年代、世界から移民がどんどん集まってきており、国を開発しなければならないという時期でした。キブツには芸術家を養う余裕などありません。
働くから食べられるのに、他の人のように働かず、自己満足のために1日中ピアノを弾いているだけ。これもキブツ的思想からすれば横領みたいなものですから。
(注・友人はナオミ・シェメルさん出身のキブツとは無関係です)
お断り:キブツに関するお問い合わせやご質問は一切お受けいたしません。