「カホール・ラバン」エッセイ集


61. プリンスの反逆

「西岸のキングvsガザのプリンス」

 1年以上前、こんなタイトルの特集記事を新聞で読んだ記憶がある。
 西岸のキングはジブリル・ラジューブ元警察長官。ガザのプリンスが、ムハンマド・ダハラン元治安担当である。
 
 今、ガザで連続している内乱を指揮しているといわれるのが、このプリンスだ。

 ムハンマド・ダハラン。現在43歳。
 まず、見かけがよい。そして若い。そのため、男性だけでなく女性からの人気も高いダハラン。さらに財力もある。難民キャンプ出身とはいうが金持ちで、子供の時から経済的に苦労したことはないらしい。
 ついでに言えば、イスラエルの治安当局と精通していて、携帯電話一本で直接話をすることができる。これが重要である。それだけイスラエル側の信頼を得ているということだ。
 
 昨年の「アブ・アッバス内閣」では、ダハランは治安担当を務めた。アラファトとしては彼を選ぶ意志は全くなかったはずだが、イスラエル・アメリカ・EUからのプレッシャーに加え、人気者のプリンスを外すわけにはいかず、しぶしぶ任命したのだ。それこそ彼にとって、西岸キングのラジューブを選ぶことは自らの地位を失う危険があったから、これ以外の選択肢はなかったともいえよう。
 ラジューブを選ばなかったのは、彼が「ポスト・アラファト」と言われていたからなのだが、若きプリンス・ダハランはどんどんパワーアップした。今や、アラファトはラマッラを出ることもできず、ガザで起きる内乱に対して、ただただ歯ぎしりをするばかり。若かりし頃には睨みを聞かせば誰もが黙ったはずだった。いや、つい2年前だって、西岸キングのラジューブに掴みかかって短銃をつきつけ、独裁皇帝健在を示していたではないか。
 なのに、若造ダハランに対して何もできない。

 もともと、自治政府はガザという場所を切り離して考えていた。
 ヨルダン領だった西岸と、エジプト領だったガザとでは、住民の考え方や価値観も違えば、生活様式までもが違う。もちろん、「ユダヤ人を追い出して全てをパレスチナにする」という強硬派が際立ってはいるが、西岸にとっては細長く狭いガザはオマケみたいな存在で、「西岸と東エルサレムで十分」と思っているパレスチナ人も多い。
 そのオマケの土地のリーダーが、反旗を翻した。オマケだから、反旗を翻したといってもいいだろう。

 反旗を翻したタイミングには、イスラエルの連立内閣組み替えの動向も背景にある。
 現在、イスラエルの政界では、リクード・労働党・シヌイ党の連立内閣が成立するか、という動きがある。もちろん、話し合いはそう簡単ではなく、シャロン首相率いるリクードは、上記2党以外にも、宗教政党らとの連立も含めて話し合いを進めている。
 だが、多くの国民が望んでいるのは、「右派リクード+左派労働+中道シヌイ」による連立である。
 労働党党首のシモン・ペレスとしては、この連立の機会を逃したくないのだが、党内の話し合いがつかない。ペレスの年齢を考えても、これが最後の入閣となるだろう。理想主義者アムラム・ミツナによって分裂寸前となった労働党を、再び盛り上げるためにもこのチャンスは逃せない。
 だが、労働党党内では、この高齢政治家に対して「いい加減、定年すればいいのに」と冷めた声があり、さらに「ポスト・ペレス」を狙って、内輪もめが続いている。
 中道シヌイはどうかといえば、こちらは「中道」だから基本的に連立参加はOKなのだが、やはり内輪もめ。現在は第2党でも、労働党が入閣すれば、再び3位以下に転落することは見えている。せっかく大臣のポストを取った議員は、大臣職を失うことになってしまう。加えて、シヌイ内部でちょっとした内乱があったばかりで、党内での調整がつかない。

 前置きが長くなったが、「右派リクード+左派労働+中道シヌイ」による連立が成立すると、シャロン首相は、ペレス党首に外務大臣職を任命するだろう。現在の外相はリクードのシルバン・シャローム氏。国内での議員歴は長くとも、国際舞台では知名度が低すぎて、頼りにならない。落ちに落ちたイスラエルの国際的地位を上げるには、やはりシモン・ペレスの名前が必要なのだ。
 シモン・ペレスが出てきたら、各国首脳はイスラエルをぞんざいに扱えない。
 元イスラエル首相、各種大臣経験者、世界トップの政界在職歴、オスロ合意の真の功労者、ノーベル平和賞受賞者・・・。
 誕生日に世界各国の首脳だけでなく、世界の財界人をも呼ぶ力がある人間である。無視できる存在ではない。黄門様みたいなものだ。
 
 壊滅的となったが、「オスロ合意」という印篭はペレスしか使えない。「今こそ、オスロ合意の精神に戻ろう!」と彼が一声いえば、世界はペレスを支援するだろう。つまり、イスラエルの地位が回復するのだ。
 これでは、暴力主義・汚職まみれのアラファト路線と対照的になってしまう。ただでさえ、公金私有化で突つかれているアラファトにとって、ペレスの復活はさらに打撃となる。銃もカッサムも爆弾ベルトもとりあえず置いて、話し合いの椅子に座らざるを得ない。
 だが、シモン・ペレスはもはや、アラファトと話をする気はない。彼自身が、2年以上前に「アラファトは信用できない」と発言している。もちろん、全イスラエル人が、いや世界の誰もが、それを知っている。

「右派左派中道連立」が成立せず、「右派宗教連立」となったらどうなるか?
 リクード内部でも、有力議員らが自分のポストがなくなることを懸念し、分裂が生じている。リクード議員内で最も安定した地盤に支えられているシルバン・シャローム外相はもちろん、非難轟々の中で改革の矢面に立つネタニヤフ蔵相、軍参謀長官から国防相に五月雨式出世を果たしたモファズ氏も、この状況をよくは思っていない。さらに、ガザ入植地撤退に大反対のリクード議員も多くいる。彼らにしたら、宗教政党と連立を組む方がいい。
 そうなると、やはり再びガザのダハランの出番だ。入植地撤退というチャンスを流しては、ダハランの地位が危うい。
 
 さぁ、どう出るか、ガザのプリンス。


(2004年8月7日 無断転記および抜粋・リンク禁止)


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