「カホール・ラバン」エッセイ集


54.ナヴァ・永遠の花嫁


「石に向かって何を言えばいい? 僕は石の前に立ち、ときどき少し掃除して、心の中で考える。きっとナヴァに聞こえていると思う」
 ハナンの母は、まだナヴァの写真を持っている。写真の中のナヴァはハナンの家のキッチンの冷蔵庫で微笑んでいる。
「家族で新しいニュースがあると、ナヴァの所に行くんですよ。リウート(ハナンの姉)も結婚の報告をしに行きたがっているんだけど、今はナヴァを訪れてはいけないから・・・」
 ハナンの母は続けた。
「3年間、私はナヴァを自分の娘のように思ってきたんです。2年半はハナンのガールフレンドとして、そして半年はハナンの婚約者として。そして、2人がフッパーの下に立つ18時間前、ナヴァはテロで殺されたんです・・・!」

 ハナン・サンド。アメリカで生まれたのちにイスラエルに移民し、現在は兵役に就いている20歳の青年。彼の婚約者はナヴァ・アップルバウム。2003年9月9日、エルサレムのカフェ・ヒレルで、パレスチナの殺人テロによって殺された。ナヴァの父は、エルサレムのシャアレィ・ツェデク病院に勤める優秀な外科医だった。

 2人が出会ったのは、エルサレムにある青少年クラブ。ハナンは当時15歳。中学を終え、イェシバーに通っていた。美しい黒髪を持ち、いつも微笑みを絶やさないナヴァは、彼よりも14ヶ月年上だった。
「僕は彼女よりも年下なのがすごく気になっていた。僕のことなんて子供扱いされるだろうって。だから1年間、僕はただ思い続けていたんだ。彼女が18歳になってクラブを辞める時、「いつでも連絡してね」って言ったんだ。全員にだけどね。でも僕はチャンス到来と彼女に携帯でメールを送ったんだ。まずは金曜日に「シャバット・シャローム」って軽い挨拶から。そしたらメールが返って来て・・・。
 僕の家族は皆、僕がナヴァに恋しているってことを知ってた。母が僕に言ったんだよ。『彼女のことが好きなの? ならなぜ言わないの? 何を怖がっているの?』って。僕は、僕がナヴァよりも年下なのが気になって、前に進めなかった。
 ある時、ナヴァの親友が僕に言ったんだ。『もしナヴァのことが好きなら、彼女に伝えて。彼女もあなたのことが好きだから』って。
 僕は彼女に携帯メールで告白することを決心した。『僕のガールフレンドになってくれない?』 イェシバーの授業中にね(笑)、僕を挟んで座っている親友2人も携帯を見つめながら、一緒に返事を待っていた。ナヴァから返事が来たんだ。『ボーイフレンドはいらないわ。私は最初のボーイフレンドと結婚するって決めているの』 僕はすぐにメールを返した。『だったら結婚しよう!』ってね」

 ナヴァの友達は、彼女が年下の男の子と付き合うことを初めはよく思っていなかった。
「年齢を気にするなんてナンセンスだとすぐに分かったよ。僕は前から若いうちに結婚したいと思っていたんだ。僕の両親は22歳で結婚しているし、僕は父親になるのが夢だった。僕は4人子供がほしいと言うと、ナヴァは6人ほしいと言った。
 ナヴァのお父さんは、僕たちが長電話したり頻繁に会っていることに対して、『勉強が疎かになるから』とあまり賛成ではなかった。でも、僕の両親は彼女を『わが家の娘』としていつでも快く迎え入れてくれた。とは言え、彼女はいつまでたっても、うちの冷蔵庫を開けることすら恥ずかしがって、『飲み物を取ってもいいですか?』って、僕の母にいちいち断っていたんだけどね」

「僕が運転免許を取得すると、ナヴァの誕生日に2人でナタニヤの海岸までドライブに行った。ナヴァはシェルート・レウミ(主に宗教者が、兵役の代わりに奉仕活動をすること)で、エルサレムの病院の小児病棟で活動していて、僕はまだイェシバーで勉強をしている。彼女のシェルートと、僕のイェシバーが終わったら結婚しようって決めていたんだ。早すぎる? 最愛の女性に出会ったというのに、何を待たなくちゃいけない?
 僕は彼女へのネックレスを用意した。カードの文字は、姉のリウートにレタリングして書いてもらったんだ。『結婚してくれる?』 箱を開けた瞬間、彼女は泣いて喜んでくれた。
 そしてエルサレムに向かう帰りの道で、彼女はお父さんに結婚するって電話をしたんだ。ナヴァのお父さんは驚いて言ったらしい。『シャバット毎にハナンは家に来ていたっていうのに、どうして今まで1度も言わなかったんだ?』 僕は反対されると心配だった。彼は医者で立派な人だから、僕は常に試されているような気がしていたし、彼はいつも『男は家族を養わなくてはならない。トーラーに書かれていることだけでは十分ではない』とも言っていたしね。
 僕らの車がエルサレムに到着した頃、ナヴァのお父さんは僕の両親に電話して、ナヴァの家に僕の家族を招待していたんだ。乾杯のシャンパンを開けて全員のグラスに振る舞い、まさにレハイム(乾杯)と言おうとした瞬間、ナヴァのお父さんは僕に言った。『ハナン、君はもう飲んでもいい年齢なのかい?』・・・」

 結婚は9月10日に決まった。ナヴァはシェルートを終えた後、医学の道に進むと決めていた。ハナンはイェシバーでの勉強を継続するために、一旦勉強を中断して、1年間兵役に行く道を選んだ。
「両方の家族で話し合ったんだ。初めは大変だろうけど、皆で助けあって行けば大丈夫だって。僕は兵役が終わったら、父の不動産関係の仕事を手伝って、働きながら勉強も続けるつもりだった。ナヴァのお父さんも応援してくれた。『心配しなくていい。私もナヴァの面倒を見るから』って」
 
 結婚式には900人を招待する予定だった。結婚の3週間前、2人はハナンの親戚の宝飾店で指輪を選んだ。ナヴァはダイヤの指輪を、ハナンは金のシンプルな指輪に決めた。結婚の10日前、ナヴァは小児病棟での活動最終日、『結婚当日の朝、ドレスを見せに来るね』と、癌と闘う子供たちに約束していた。
 ハラハーの規定によると、結婚前の1週間、2人は会うことも電話することも許されない。「ハナン、私がどんなにあなたを愛しているか伝えられないなんて辛い」とナヴァは言った。それでもナヴァはハナンのいない時間にハナンの家を訪れ、ハナンの両親に挨拶をし、ハナンに小さな置き手紙をした。ある時、ナヴァは小さな魚2匹を水槽に入れて置いていった。「私だと思って話し掛けてね」
「1匹はすぐに死んじゃったんだ。水槽に1匹しか残っていないのが寂しくて、石を入れてスペースを埋めたんだ」

 結婚式の前日、ナヴァの父がアメリカ出張から帰ってきた。彼は、エルサレムのシャアレィ・ツェデク病院の救急外科医。そう、テロ被害者が真っ先に担ぎ込まれる所で働いていたのである。彼は、殺人テロの現状やテロ被害者の治療についての医学会議に出席していたのだ。
 ハナンはその日、最後の荷造りに精を出し、その夜はエルサレムのレストランで親しい友人らと食事をしていた。そしてその時、テロのニュースが飛び込んできた。
 ハナンは、まさかカフェにナヴァがいるなんて思いもしなかった。独身最後の夜、ナヴァは家族や親しい友達と一緒に家で過ごし、結婚式で渡すお礼のカードの準備をしているはずだった・・・。
 そう、ナヴァは家族や友人と一緒に家にいた。そして、彼女は父と一緒にカフェ・ヒレルに行って、皆のためにケーキを買っていたのだ!
「僕は嫌な予感がして、ナヴァの携帯に電話をした。出たのはナヴァじゃない。消防士だった・・・!」
 シャアレィ・ツェデク病院では、ナヴァの父が到着しないことに誰もが疑問を持っていた。いつもなら真っ先に救急外来に駆けつけ、周りに指示をしながら被害者に処置をするはずなのに。
「僕の鼓動は止まらなかった。ナヴァのお姉さんがナヴァらしき女性が救急車に乗るのを見たと言ったんだ。僕らはナヴァが生きていると思っていた。他の誰かは、20歳くらいの女性が手術室に入るのを見たと言った。僕らはそれがナヴァだと思った。もう結婚のことなんて忘れていた。既にナヴァのお父さんが殺されたことは分かっていたから、たとえナヴァが軽傷でも結婚できる状態じゃないし」

 手術室に入ったのはナヴァではなかった。ナヴァのお姉さんが見たように、確かにナヴァは救急車に乗った。しかし既に息が絶えていたため、彼女は救急車から降ろされたのだ。
 ハナンはシャアレィ・ツェデク病院の待合室に座っていた。ナヴァの兄が彼女の遺体を確認した。
「彼女の体は完全だった。そして苦しむことなく亡くなった・・・。
 僕のお父さんが呆然とする僕を見つけ、強く抱きしめた。でも僕は彼が何を言ったか、全く憶えていない。」

「こうして、僕は1人になった。誰もが時間が解決すると言うんだ。でも時間は僕を苦しめるだけだ。1週間、1日中、24時間、彼女を考えないことはない。僕は自分が他の誰かと一緒になることなんて考えられない。僕にはナヴァしかない。ナヴァと一緒になることしかありえない。 
 おかしいよね。喪に服すという一番辛く哀しい時に、一番いてほしいはずの最愛の人が隣りにいないんだ。
 僕は今でも、金曜の午後になると、ナヴァの家族を訪れている。彼女のお母さんと話をしたり、彼女の一番小さな妹と遊んだり。僕は、こんなに素晴らしい家族と家族になることが出来なかったんだ」

−死者が復活することを信じている?
「もちろん。彼女がすぐにでも僕の所に来てくれることを夢みている。彼女が生まれ変わって僕と結婚することを待っているんだ。いつまで待ち続けるか分からない。『悲しみを癒すために結婚すれば?』なんて言う人もいるけど、僕にはナヴァしかいない。ナヴァだったから19歳の若さで結婚しようと思ったんだ。他の誰かとの結婚なんて考えられないよ。女性なら誰しもが『1番に愛してくれる男性』と結婚したいだろう? 2番めに愛される人と結婚したいと思う女性がいるとは思えない」

−あなたからナヴァを取った神に感謝している?
「ナヴァという素晴らしい女性に出会えたことに感謝している。最高に幸せな時間を過ごせたことを感謝している。そして、3年もの間待ちに待った、クライマックスの直前に彼女を失ったことも、感謝している。もしもこれが結婚した次の日だったら、・・・彼女を1度でも知った後だとしたら・・・、僕は哀しみに耐えられなかったと思う」
 ナヴァのダイヤのリングは、永遠の眠りについた彼女の指にはめられている。

 今年の3月、ナヴァの21歳の誕生日に、ナヴァの家族はベツレヘム郊外のラヘルの墓を訪れた。
 ナヴァの死を悼む人達の手によって、純白のパロケット(幕)に覆われた聖櫃が、ラヘルの墓の内部に安置されることになった。
 パロケットにはナヴァのウェディングドレスが使われ、その中央には、『ナヴァ・永遠の花嫁』と刺繍されている。


(2004年4月6日 無断転記および抜粋厳禁)


参考資料:イディオット・アハロノット 4月5日付