「カホール・ラバン」エッセイ集


53.人権擁護

 3月24日水曜日午後、シケムの南にあるハワラ検問は、騒然とした。
 検問を1人で訪れた少年の体に、爆弾ベルトが巻き付けられているのだ。

「全員、ブロックの後ろに退去させろ!」
 イスラエル兵が叫び、検問に集まっていた200人近いパレスチナ人の男女は、1メートル程の高さのコンクリート壁の後ろに避難させられた。
 少年は震えていた。兵士に言われたように腕を頭上に上げたまま、黙って地面を見つめていた。
「自分で外せるか?」
「外し方なんて知らないよ」
 彼が自分で着用したのではないことは、見れば明らかだった。両肩のストラップは固く食い込み、爆弾を詰め込まれたベストは、彼の背中でしっかりと絞められている。
 イスラエル兵とパレスチナ人らは、少年をじっと見つめていた。
「僕、死にたくないよ」
「落ち着け。動くんじゃないぞ。今、そっちにハサミが行くから」
 爆弾処理用のリモコンロボットが、少年の足下に到着した。  
「ロボットから、ゆっくりとハサミを取れ。そうだ。じゃ、肩のストラップから切ってみろ」
 少年は泣きそうになりながら、肩のストラップを切り落とした。 
「ようし。次は胴まわりのベストを外すんだ。背中から正面にゆっくりと回して、・・・そうだ。落ち着け。ゆっくりでいいんだ。よし、外れたな。地面にゆっくりと置けよ」
 見守る全員から安堵の息が漏れた。誰もが、それぞれの信ずる神に祈っていただろう。もちろん、少年も。
「次は、Tシャツを脱いでくれ」
「・・・ここで脱がなくちゃいけないのか?」
 ホッとしたのだろうか。大人達に見つめられる少年に、少年らしい恥じらいが出てきた。
 その後、他にも爆弾が隠されていないかどうか確かめるため、少年のズボンの中も確認されると、爆弾処理班が爆弾ベストを回収した。軍の防寒コートを着せられた少年は、兵士に肩を抱かれてその場を後にした。
 
 少年のポケットには100シェケル(2500円)が入っていた。たった100シェケルのために、少年は8キログラムの爆薬とボルトやナットを仕込まれた爆弾を身にまとい、「ヒューマン・ボンバー(人間爆弾)」となって、兵士が集まる所で自爆せよ、と命じられた。

 ヒューマン・ボンバー。
 イスラエルの英字新聞や英語ニュース放送で、ここ最近、この言葉が頻繁に使われている。
 そう、ヤシン殺害について、「ヒューマン・ライツ(人権)に反する」と国際社会が大非難している、あの「ヒューマン」と同じであるから。
 テロの指導者の「ヒューマン・ライツ」を叫ぶ国際社会。この事件について遺憾の意を表し、名指しでイスラエル非難する国連事務総長。
 そのヤシン率いるハマスが指導してきた「殉教死」。そして、洗脳された少年が「ヒューマン・ボンバー」。
 何か、おかしくないか?

 テロ指導者暗殺は非難しても、イスラエルが自治政府領内にテロリスト摘発に行くことを非難しても、国際社会がパレスチナの無差別殺人テロを非難したことは1度もない。国際社会が、パレスチナのテロ組織をが非難したり、連携して組織に制裁を加えたこともただの1度もない。
 国連安保理はスペインでの列車テロに対して、テロを犯した組織が解明されていないにも関らず、即座にテロ非難決議を採択した。しかし、イスラエルで建国以来半世紀以上も起き続けているパレスチナのテロに対して、組織が判明しているにも関らず、テロ非難決議を採択したことはただの1度もない。
 日本では、オウム真理教の指導者であった麻原某に、死刑判決が下された。地下鉄サリンテロの総指揮者、そして弁護士誘拐殺害などの罪は重い、と。
 国際社会がヤシン暗殺のことを言うならば、麻原に対する死刑判決も同じだ人権擁護委員会や国連安保理で非難されるべきとでも? 私がこう書けば、「麻原は日本の法律で裁かれたことだ」と言う人がいるだろうが、それはイスラエルも同じ事。テロリスト暗殺は、イスラエルの自衛権として、イスラエル最高裁で法によって決定されたことである。

 ヤシンは障害者? 笑わせるんじゃない。一体、どれだけのテロで、どれだけのイスラエル人を殺し、そしてどれだけのイスラエル人を障害者にさせたのだ? 光を失った人、音を失った人、声を失った人、腕を失った人、脚を失った人、思考能力を失った人・・・。1度のテロで、死亡者の5倍以上の数の負傷者が出ることを知らないのか?
 車椅子に乗ったヤシンが、どれだけのイスラエル人に障害を負わせ苦しめたか?
 いや、イスラエル人だけではないのだ。

  
「どうして、テロをしようと思ったんだ?」
 テロ未遂で捕まったパレスチナの少年に、レポーターがマイクを向けた。
「皆のために」
「皆のために? どうして?」
「皆、ボクのことが好きじゃないんだ」
「君のことを皆が好きじゃないから、テロをしようと思ったのかい?」
「テロで死ねば、天国に行って、72人の処女と楽しく暮らせるって聞いた」

 イスラエル軍が聞いた段階では、少年は自らを「14歳だ」と言った。しかし後日の調査で、少年は実は16歳だったということが分かった。普通の学校に通っているものの、思考能力に少々遅れがあり、いつも周りに疎まれ、バカにされやすい存在だったらしい。少年が「14歳だ」と言ったのは、自分が友達よりも遅れているため、本当の年齢を言うのが恥ずかしかったから。
 果たして、少年は72人の処女とどんな生活をしたかったのだろう。私は、この少年が、他の10代男子と同じように女性に興味があったとは到底思えない。セックスがなにか、処女がなにかすら、分かっていなかったのではないだろうか。
 優しい女性に囲まれ、柔らかく暖かい場所で、誰かに怒鳴られたり笑われることがない世界に行きたかった。ただそれだけだったのではないだろうか。
 自己判断のできない少年に、それを分かっていながらテロをそそのかし、たった100シェケルで死を選ばせたパレスチナのテロ組織・・・。

 世界各国で、検問で自爆装置を外すこの少年の映像が流れた。
 しかし、イスラエル以外、世界のどの国も、この問題についての見解を発表していない。イスラエル以外の国から、少年の人権を擁護する発言も、子供をテロに利用するパレスチナを非難する発言も出ていない。
 国連人権擁護委員会は、この問題を黙殺している。
 人権擁護委員会にとっては、イスラエルに暗殺されたテロリストは「人間」であるが、テロ未遂の少年は「人間」ではないらしい。


(2004年3月27日 無断転記及び抜粋禁止)


http://www.idf.il/english/announcements/2004/march/25.stm
http://www.idf.il/newsite/english/031604-2.stm