「カホール・ラバン」エッセイ集


52.道とフェンスとテロリスト−3
 
 イスラエルの職場では、ラジオを付けている所が多い。それだけニュースへの関心が高いからである。ついでに、スーパーマーケットやショッピングモールなどでも、音楽の代わりにラジオを流す所がよくある。
 2月22日朝、私の耳に入ったラジオの音声は、普通の状態ではなかった。
 
「どこ?」 同僚にたずねた。
「エルサレム」
「の、どこ?」
「よく分からない。ガソリンスタンドの近くらしい」
「えっ、スタンドを狙ったの?」
「いや、バスみたいよ」

「何があったの」なんていう質問はもはやしない。ラジオの異常な興奮を聞けば、何があったかわかる。
 同僚は早速、エルサレムに住む親戚や友人に電話をかけはじめた。別に、テロ情報を集めるのではない。友人が被害に遭っていないか、無事を確認しなければならないのだ。
 まさか、起きるはずがないと誰もが思っていた。だって、明日はテロ防御のためにイスラエルが建造しているフェンスについて、ハーグで審議する日なのである。
「テロをしたって、世界はパレスチナの味方をする」
 パレスチナ自治政府は、強気姿勢を見せつけたかったのだろう。
 
 ハーグ裁判。これほど意味のない裁判はない。
 国連では決定できないから、国際司法裁判所に持っていって、それが正しいかどうか考えようというのだが、180ヶ国が集まった国連で決定できないものを、たった15名の裁判官の多数決で決定すると言うこと自体に無理がある。
 イスラエル側はその公聴会に弁護団を派遣しなかった。
 その代わり、多くの学生やテロ被害者、遺族が寒いハーグの街で抗議行動をした。

 無差別テロで爆破され、骨組みだけになったバスが裁判所前に運ばれた。テロ後の処理に携わる団体(多くが宗教者)のスタッフが、海外メディアにその現状を説明していた。その映像が流れるかどうかは別として。

 テロで夫と息子2人を殺された女性は、カメラに向かって叫んだ。
「私はここで何をしているの? ヨーロッパのこんな寒い街に立って何をしていると思っているの? 55年前にユダヤ人虐殺は終わったはずではなかったの?」

「テロが続く限り、フェンスが造られる。イスラエルだけではない。世界中でそうなるだろう」
 抗議行動に参加しているイスラエル人学生が、ヨーロッパのTV局のインタビューに答えた。

 たとえば、アメリカやイギリスでは、9.11以降、入国検査やビザ発給が非常に難しくなっている。正規航空券を買い、ビザを準備し、何も後ろめたいことはないのに、「何か」を疑われて入国できなかったという話もよく聞く。
 一般の旅行者でさえ疑われたらその国に入れないというのに、隙を狙ってイスラエルでテロをしようとする人間を防御するためのフェンスについてだけを、なぜそこまで糾弾するのか?

 今回のパレスチナ側の主張は、フェンスが一般パレスチナ人の生活を脅かしているから、だという。移動の自由を奪い、和平プロセスを妨げる、と。
 イスラエルのテレビ局が、イスラエル側と分離されることになるパレスチナの村を訪れ、マイクを向けた。
「これまでだったら、村から数分でいつでも好きな時間に農場に行けたのに、フェンスが出来たから、回り道をして、決められた時間内に検問を通らねばならない」
 これまでは数分だった。自由自在に好きな時間に通っていた。
 だから! フェンスで塞いだのである。
 その近道を通って、パレスチナのテロリストが好き放題イスラエルに潜入していたのだから。
 
 エルサレム近郊のアラブ人の村の中は、テロリストの潜入を村ぐるみで阻止している所がかなりある、と聞いたことがある。親イスラエルのアラブ系はイスラエル人との交流が深いだけに、テロリストに利用されることを極端に嫌っている。事情を理解したイスラエル側は、こういった村を警護しているという。
 自分達がイスラエル側なのかパレスチナ側なのか、つまり土地だけではなく、自分達の信条がイスラエル側なのかパレスチナ側なのか。それがこのフェンス問題で分離されるポイントになるのだ。
 村ぐるみで親イスラエルであり、テロに関与したことがないならば、イスラエルだってフェンスのあちら側にすることはなかったはずである。
 実際、エルサレムに住むアラブ(パレスチナ)系住民の中では、「フェンスが出来たらパレスチナ側にされてしまう」と、引越してまでもイスラエル側に住むことを考え、既に引越してきた者もかなりいるという。

 移動の自由=テロリストが自由に移動すること。これが、自治政府とパレスチナを支援する国々や人々の意見なのだ。
 フェンスが和平の妨げ? 笑わせるんじゃない。自治政府が政府の政策として積極的に実行している無差別殺人テロは黙殺するのか? そのテロがあるからフェンスを作っているのだ。現に、既に完成したフェンスのおかげで、中部都市でのテロは激減している。

 メディアは「分離壁」と書き立てているが、私はかねてよりエッセイのタイトルも含めて、「フェンス」という記述をしている。
「フェンス」の97%が強化金網のフェンスであり、テレビや写真などで頻繁に登場するあの「コンクリート製の壁」は全体の3%である!  
 どんなものでも、全体の97%に対する3%なんて、「その他」といえる割合ではないか。それを逆転して「壁だ壁だ」と報道すると言うのは、メディアの誇張、いや、もはや捏造である。
 ハーグ裁判の続く中、米CNNと英スカイニュースのイスラエル駐在特派員は、わざわざその3%のコンクリート壁の前で中継を続けた。裁判の前日、エルサレムで無差別テロがあった時も、特派員はエルサレムからではなく、壁の前を動かなかった。
CNNはともかく、スカイニュースはこんな偏向報道をする局だとは思っていなかったが、ここ最近、パレスチナ側の村に基地を置いているようで、その報道は見るに耐えない。
 
 フェンスも壁も、地中に土台を埋め込まずに建造している。将来的に移動する可能性があるからだ。もちろん、取り壊すことだって可能である。
 けれども、テロで殺された命は、もうかえらない。
 

(2004年3月1日)

参考資料:
http://securityfence.mfa.gov.il/mfm/web/main/missionhome.asp?MissionID=45187


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