「カホール・ラバン」エッセイ集
50.生還ならず
ことの起こりは、2000年10月。
イスラエルとレバノンとの国境で、イスラエル兵士3人が国境を巡回警備していた(もちろん、イスラエル側である)。
フェンスにUNと書かれた4WDの白い車が近づき、数人の国連兵が降りてきた。2000年5月、イスラエル軍はレバノン領内から撤退し、レバノン南部からイスラエルにかけてのセキュリティーゾーンは、UNIFIL(国連レバノン暫定軍)が管理している。イスラエル兵3人は、近づいてくる国連兵に何の疑問も持たなかったはずだ。当然、銃だって向けなかっただろう。
そこから3人は消えた。地面に大量の血痕を残して。
数日後、レバノンのヒズボラが「イスラエル兵士3名拉致」を発表した。それから1ヶ月以上経ってから、ヒズボラが、国連の車と国連の制服を使い、兵士を拉致したことが明るみに出た。ご丁寧に、国連軍の監視カメラは、同日の推定時刻に国連施設の前を通過する車を映していた。
交渉に次ぐ交渉。3人の家族はわが子の生還を望んで、必死に訴えた。街頭ではビラが配られ、何度もテレビ取材を受け、イスラエルの大統領や首相への直接会談まで行われた。
戦闘地帯にいたのではない。国境の内側で警備をしていただけだ。それなのに拉致されたという事実。さらに、テロリストが国連の車や制服を使ったという前代未聞の失態。
それから3年が経過した。
イスラエルとヒズボラの捕虜交換が成立した。誘拐された兵士3人に対して、約400人のパレスチナのテロリスト達。殺害の実行犯ではないが、テロ指示・幇助・共犯として捕らえられた者達である。イスラエル国内においてのテロで家族を失った遺族や後遺症に悩むテロ被害者は、徹底的に反対し、イスラエルの最高裁にまで訴えた。
「1月29日木曜日に、誰が生きているか、誰が死んでいるか分かるだろう」
ヒズボラ指導者ナスララが薄笑いを浮かべて答えた。
レバノンを発った飛行機が仲介国ドイツ・ケルンに到着。DNA検証ののち、イスラエルに移送された。
3人の兵士は、四角い箱の中にじっと眠っていた。
1月29日木曜日午前9時、エルサレムの首相官邸に程近い通りで、路線バスを狙った無差別殺人テロ。犯人は、パレスチナ自治警察の警察官であった。
「こんなテロが起きて国民が殺されても、遺体と引き換えに、400人のテロリストを返還する。バカだねぇ、イスラエルは」
パレスチナテロ集団のボス達は、笑いながらTVの報道を見ていたことだろう。
それから12時間後の夜9時、ベングリオン空港では、3人の遺体を迎え入れる儀式が決行された。
通常、イスラエルにおける儀式では、従軍ラビが「カディッシュ(慰霊の祈り)」を唱えるが、今回は、被害者の1人がアラブ系イスラエル人(ベドウィンのムスリム)である。ラビを出すわけにはいかない。
そこで、まずは2人の父親が一緒に登場し、それぞれ息子の棺の前で、カディッシュを唱えた。そして引き続いて、もう1人の父親とモスクの宗教者が登場し、祈りを捧げた。
「聞こえる? 聞こえるの? 聞いているの?」 棺を前にした母親が絶叫した。
通常、ユダヤ教徒は7日間服喪し、外出せずに弔問客を迎える。だが、1人の兵士の父親は、別の2人の家を訪れた。
彼は、アラブ系兵士の父親にこう語った。
「私達ユダヤ人は、遺体さえこのイスラエルに埋葬できれば、いいんです」
本心でそう思っているはずがない。
遺体検証にあたった専門家によると、虐待の跡は認められず、誘拐時に負傷した怪我には包帯が巻かれていたらしい。決定的な死因は明らかにされていない。負傷した怪我の失血なのか、毒殺なのか銃殺なのか、一般人には分からない。
ともかく、どういう方法であるにしろ、ヒズボラによって殺されたのだ。
ヒズボラによって誘拐されたイスラエル人ビジネスマンは生還した。
しかし、彼は不法取引をしていた疑いがあり、空港の別室で出迎えた家族とひっそり面会した後、イスラエル治安当局によって身柄を拘束された。健康回復を見合わせながら、取り調べが進む模様。
捕虜交換でレバノンに帰ったテロリストは、ベイルート空港で大統領・首相・政府関係者らに手厚く出迎えられ、頬にキスをする親密な挨拶を何度も繰り返した。レバノン正規軍は祝福のファンファーレを吹き、テロリストは英雄となって赤い絨毯の上を歩いた。彼らの生還を祝うパレードがベイルートの街を埋め尽くし、レバノン国民は熱狂してこのテロリスト達を迎え入れた。
国をあげてテロリストの生還を祝うレバノン。ここにもテロ国家があった。
翌日、ギラーマン・イスラエル国連大使は、公式会見で国連と国連事務総長を強く非難した。29日の無差別殺人テロに対して、国連は何の非難声明も出さない、と。
「防御フェンスはダメだ、作るな、不法だ」と喚くくせに、フェンスがないためにテロリストが容易にテロを起こせる現状に対して、何も言わない。
いやいや、フェンスがあったところで、国連はユニフォームと車をヒズボラに貸して、テロリストの活動を援助するのだ。だからフェンスなんて作っても意味がない。
ただでさえパレスチナには、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)という世界公認のテロ支援組織がいるのだ。
UNRWAに比べたら、ISMのバカ騒ぎなんて子供のお祭りみたいなものである。
これは、事実である。
3人のイスラエル兵士は、国連とヒズボラによって殺された。
イスラエルは、国連とパレスチナ自治政府によって、常に命を狙われている。
(2004年2月10日 無断転記及び抜粋厳禁)