「カホール・ラバン」エッセイ集


48.現役イスラエル兵へのインタビュー

 彼の顔も名前も出せない。なぜなら特殊な任務に就いているから。
 彼が特殊な部隊に属していることは、彼のベレー帽や胸に付いているバッチを見ればわかる。いや、ベレー帽やバッチを見なくても、彼のガッチリとした体や鋭い目を見れば想像はつく。だが、どんな仕事をしているか、一切知らない。
 彼を知ったのは、彼が高校生くらいの時。近所でも一番“元気”で有名だった。彼の両親である私の知人は、初めて軍の制服を着た彼を見送った日、「最後まで続けばいいけど・・・」と心配していた。
 それから半年くらい後、彼とバッタリ会った時には驚いた。「シャローム。お元気ですか・・・」。にこやかに笑いかける彼は、私の知っていた高校生ではなく、礼儀正しい好青年に変わっていた。
 今、20代前半。兵役を終え、今は職業軍人として軍の仕事を継続している。彼に、今のイスラエル軍について聞いてみた。


Q:「軍の状況って、昔に比べたらどう?」
A:「オヤジの時代とはぜんぜん違うらしいね。罰なんかもほとんどないし、前だったら、何かに違反したら罰として掃除とか、そんなだったらしいけど。今はエキストラワークはアルバイト制になってて、金になるんだよ。部隊によって違うかもしれないけど」

Q:「予備役の数を減らしているのもそういうこと?」
A:「結局、それもあるだろうね。機械化が進んだとかなんとかもあるだろうけど、全ての部隊じゃない。家族がいる世代が出てきてチンタラやるよりも、俺らがやった方が早い。上の者だって、若い方が使いやすいしね。第一、コマンドの年齢が若いんだから、それよりも年上の兵士が来るとやりにくい。その辺は、イスラエル軍はやりやすいし、うまくできているよ」

Q:「軍に行くのって、率直に言って楽しい?」
A:「楽しくてやってる奴はいないだろう。高校の時とかでも、友達もいて彼女もいるけど、学校そのものはつまんないし、行きたくない。あるいは、月給を1万ドル貰える仕事をしている人でも、必ずしも好きで楽しいとは言えない。軍だってそれと同じだよ。好きでやってる奴っていないよ」

Q:「それでも、軍に残ることを選んだ・・・?」
A:「やっぱり俺がいないとね。もう少しだったら、残ってやってもいいかなって(笑)。このまま終わるのは勿体ないような気がしたし。もちろん、兵役の時みたいなガチガチな厳しさはないしね。どうせ仕事もないなら、軍で給料もらった方がいいから」

Q:「あの、兵役拒否、予備役拒否とかのニュースってどう思う?」
A:「ほら来たよ。どうせそれを聞きたかったんだろ?
 そんなもの、イスラエル建国前のもっと前からあったよ。俺のオヤジの時代だってあったんだ。イスラエル人全員に軍に入れって言ったって、そりゃやりたくない奴はいるから、仕方ないだろう。何も昨日今日はじまったことじゃない。誰でもが通る道だろうね。
 小学生じゃないんだから、スクールバスが来て、それに乗って学校にいって、何も疑問に思わずに教室で座っているわけじゃない。自分が何をしているのか、一体、手に持っているのは何か、背中に背負っているのは何か、これからどこに行くのか・・・。それについて、何も考えるなっていうほうが無理だ。
 俺だって、「俺は誰なんだろう? ここで何やってんだろう?」って、毎日のように考える。どんな上の方の奴だって、そういうことを考えながらやっていると思うよ。ただ、それをメディアに公表して、まるで兵士全員がそう考えているみたいに言っているのを聞くと、いや、俺は違うって思うね」

Q:「どう違う?」
A:「パレスチナ人は可哀相だからとか、彼らの人権がどうのとか、人道上がどうのとか。そりゃ、誰だって考えるよ、ああいう状況に行けばね。でも、軍が行動せざるを得ない理由を、俺たちだってシッカリ見ているし、十分な説明を受けて、全員で話し合って動いているんだ。まず世間じゃ公表されないような話だね。予備役拒否を表明した奴らだって、そういうことが分かっているはずだ。所詮、政治だよ、政治」

Q:「彼らの行動を否定する?」
A:「ある意味では分かる気もする。昔と比べて、軍でいくらすごい功績を残して、それなりの肩書きが付いたとしても、実生活でいい仕事に就けるってことがなくなった。前だったら、就職する時の履歴書に書けたけど、今じゃ、履歴書を持っていく仕事自体がないし、従軍すること自体に偏見を持つような世の中になってきた。イスラエルだけじゃなく、世界的にね。それだけに、軍にどれだけ功績を残したって仕方ないし、先も見えない。
 だから、それなりの役に就いている人間が拒否を表明、なんていうのも出てくるんじゃないかな。利用されているっていうか、利用し合っている面もあるだろう。
 軍ってのは、イスラエルに限ったことじゃないけど、ビジネスとは違う。いくら何をしたって、「俺がやりました」と表彰されるわけじゃない。いいことしても、反対派にはガタガタ言われる。特にイスラエルはね。
 作戦ってのは遊びじゃないんだ。神経をすり減らして、ヘトヘトになっても、何にもならなかったことだってあるし、状況はどんどん厳しくなっていく。友達が目の前で撃たれたのを見た時なんか、一晩中、体中の震えが止まらなかった。あの時は、初めて真剣に祈ったよ。
 それでもなんかガムシャラにやってる。結局、個人の満足とか名誉とかプライド、そういうもののためにね。もしそれに納得がいかなくなったら、素直に辞めればいい。やる気のない奴が残っていたって無駄だから。「俺は辞めます。出来ません」って言えばそれだけのことだ。俺にもそういう時期が来るかもしれない。だとしても、すんなりと辞めるつもりだ」

Q:「・・・(彼の説得性のある意見に、何も言えなくなった私)」
A:「フェンスのことも聞きたいだろ?」
Q:「(笑)」
A:「何だよ。聞きたいなら言えよ。わざわざインタビューに付き合ってやってんだから」
Q:「じゃ、どう思う? 私は賛成だけど」
A:「日本人のくせに(笑)。ま、仕方ないよ。ああするしかないっていう状況だから。俺個人としては入植なんかに賛成できないし、さっさと引き払えばいいとは思うけど、そんなに簡単に動かせるもんじゃないから、まぁ仕方ないね。皆そう思ってるよ。もっと早くフェンスを作ってればよかったんだ」

Q:「軍を辞めたらどうするつもり?」
A:「日本に行ってアクセサリーを売るよ(笑)。ってのは冗談だよ、心配するなよ。とりあえずどこかに旅行には行きたいけど、その後は専門学校に通って、その合間に、モシャブに住んでいる友達のツィメル(B&Bの民宿)を手伝うつもり。ま、普通だろ?」
Q:「他の人は、軍が終わったらどうしている?」
A:「いろいろだね。仲の良かった友達が、ヨーロッパでセキュリティ関係の仕事を見つけたんだよ。なんたってイスラエル兵だから、そういう面での需要はすごくあるらしい。それなら俺も、って思ってあちこちから情報を集めたりしたけど、その友達は英語ができるし、アシュケナジー系だから見た目もいいんだ。
 そこ行くと俺の場合、ターバンとガラベーヤが似合う顔だからね(爆笑)。英語が出来てもまず無理だ。セキュリティスタッフ自らがテロリストみたいな顔してたらマズイだろ? おい、そんなに笑うなよ。それが分かった時は、結構ショックだったんだから」
Q:「でも、どこかで需要があるかもしれないよ」
A:「アラブ圏でセキュリティか?(笑)
 いや、俺は考えたんだ。俺はやっぱりイスラエルに残るよ。同じ守るなら、知らない国で知らない奴のために命を張るよりも、イスラエルにいて、ここでやっていくほうが、俺に合っているから」


(2003年12月27日  無断転記及び抜粋禁止)



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