「カホール・ラバン」エッセイ集


43.アラブ系イスラエル人


 現在、イスラエルにおいて、アラブ系は全人口の約2割を占めている。
 ここでいうアラブ系には、イスラエル人としての国籍を持つものと、イスラエル国籍はないが在住権を持つアラブ系も含まれている。
 さて、イスラエルにいるアラブ人について説明している書籍やサイトを読むと、必ずこんなようなことが書いてある。
『イスラエルにおけるアラブ系は、常に二級市民として扱われ、ユダヤ系と同じような生活ができない』

 今回は、「イスラエル国籍はないが在住権を持つ非ユダヤ系の日本人」として、アラブ系イスラエル人について私の感ずることを書かせていただく。

 さて、私のエッセイを読んで下さる方は既にご存知だろうが、まずは、イスラエルに住むアラブ人の背景について簡単に説明したい。
 1948年の独立戦争が勃発する前、最初に国を出たのは、金持ちアラブ人だった。ラジオでアラブ諸国君主による演説を聞いた上流階級の彼らは、戦争が始まる前にヨーロッパや近隣国に出ていった。アラブ軍の完勝は見えているから、戦争が終わったらまた帰ればいい、という気軽な気持ちだったらしい。
 5月、イスラエルの独立宣言が発表されて数時間後、アラブ6ヶ国の正規軍は一斉に攻撃を始めた。「ユダヤ人の男や老人は皆殺しにして、若くて美しいユダヤ女を自分の国に連れて帰って奴隷にしよう」と息巻いたアラブ人が、怒涛のようになだれ込んできた。
 この時、イスラエルの地に住んでいたアラブ人は、「アラブ正規軍に殺されたのではたまらない。巻き添えはゴメンだ」と荷物をまとめていつでも逃げられる体制を取っており、アラブ軍の勧めもあって、現に60余村では住民の疎開が始まっていた。戦いは一週間あれば終わるはずだった−−。

 ところが、世界の予想を裏切ってイスラエルは勝利し、アラブ正規軍は敗北した。
 こうなると事態は混乱。留まっていたアラブ人は、「ユダヤ人に殺される」と一斉に逃亡を始めた。アラブ諸国の君主も「イスラエルに残るものは、ユダヤ人に同調するものと見なし、地中海に突き落とす」と負け惜しみのガナリ声を立てたため、アラブ人は皆、恐れをなして国境を目指した。エジプト領となったガザ、ヨルダン領となった西岸地域、北のシリアやレバノンに、アラブ人が溢れた。
(この後、アラブ諸国に逃げたアラブ人がどうなったかは、またの機会に)。

 この時、イスラエルは、「イスラエルに留まったアラブ人には、新国家においての権利を保障する」とアラビア語のビラを撒き、拡声器で説得して回った。そして、かねてよりユダヤ人と友好関係があったアラブ人や、本当に先祖代々この地に住んでいたアラブ人は、ユダヤ人の言葉通りに自分達の街や村に留まり、公約の通りに『イスラエル国の国民』となった。
 それ以降にも何度か、アラブ人の受入れがあるが、今回は歴史についての記述ではないため割愛する。

 こうして留まったのは、「自らの意志によって」この地を選んだ者たちである。
 大きな規模では、エルサレム、ヤッフォ、ナザレ、ハイファなどが挙がるが、それ以外にも大小さまざまな町や村があり、独自のコミュニティを形成している。
 基本的に、アラブ系イスラエル人はイスラエル国防軍での兵役義務を負わないが、それ以外の国民の権利と義務は持ち備えている。教育・医療だけではなく、社会保険や一般の保険に関しても、同等に加入することが出来る。選挙においては、投票と立候補の権利があり、イスラエルの国会議員にもアラブ政党の議員がいる。また、省庁の出張所や各地の役所などで公務員として働くアラブ系イスラエル人も、当然ながらいる。
 生活レベルに関しては、実はアラブの町や村での物価は、ユダヤ系の都市に比べたら安く、同じ物でも2割は安く買える。それこそ同じファラフェルでも、テルアビブでは10シェケル以上するのに(特にここ最近、値上げする店が増えている)、アラブの町では6〜8シェケルで食べられる。
 これにはいくつかの理由があるのだが、今回は経済や法律に関する記述ではないため割愛する。
 
 さて、こうしたことを踏まえて、彼らの現状について。
「イスラエルのアラブ人は、建築や土木などの肉体労働の仕事にしか就けない」という批判めいた記述をよく目にする。おそらく大半の日本人が、アラブ寄りのイスラエル批判を聞いて鵜呑みにしているのだろうから、彼ら側の事情というものを説明したい。

 どのアラブ諸国にも言えるが、アラブ社会にはピラミッド型の階級が存在し、貧富の差が激しく、「金持ちは勉強する。そうでないものは働く」という考えが根強い。
 アラブ系イスラエル人の場合、アラビア語を第一言語として教育するアラブ専用の学校で教育を受ける。9年間の義務教育終了後、高校教育を希望するものは無償で教育を受けられるのだが、実際、アラブ系においての高校進学率は、ユダヤ系に比べるとかなり低い。彼らの中では、「中学を出たら働く」という考えが強いのだ。
 また金銭的事情に関らず、「女が勉強する必要はない」という親もまだまだ多い。アラブ社会においては女性の結婚適齢期が早く、勉強よりもさっさと結婚して家庭を作ることこそが大事なのだ。

 それでは、中学までの教育レベルでもすんなり就職できる仕事は何か、といえば、親のやっている農業を手伝うとか、建築・土木の見習いになることくらいだ。もちろんその中で、自分の才能を発揮して腕の良い熟練工になったり、独立する者もいるだろう。
 進学しない理由はともかくとしても、これならば、日本や他の国でも同じではないか。
 要は、「アラブ系だから肉体労働の仕事にしか就けない」のではなく、「本人がそういう道を歩んでいる」のである。「大学を出たのに仕事がなくて肉体労働しかない」というならば同情の余地があるかもしれないが、現状はこういうことなのだ。
 なお、蛇足ながら、イスラエルに住むアラブ系は、たとえ中卒で留まったとしても、近隣のイスラム諸国よりも教育レベルが高いということを記しておく。

「専門学校や大学を出たのに仕事がない」というケースは、ユダヤ系に比べたら、実は、アラブ系ではぐっと少なくなる。
 というのも、アラブ系の進学率がそれだけ低く、進学する者のほとんどが富裕な上流階級で、親の事業を継いだり、彼ら内部のコネで仕事を見つけることが出来るのだ。逆に言えば、そういったコネや見通しのない者は、はじめから進学コースを選ばない。
 さらに、彼ら内部だけにはとどまらず、イスラエルの一般企業に就職する者や、弁護士・医師・会計士・看護士などの国家資格を取得し、広く活躍する者もいるのだ。彼らの場合、アラビア語とヘブライ語の両方ができるということで、ユダヤ系イスラエル人とは別の活躍ができるというわけだ。
 
 しかし、一般的心情は、となると、少々違ってくる。
 イスラエル国内で頻繁に起きるテロなどにより、ユダヤ系イスラエル人のアラブ系を見る目がシビアなのは確かだ。近年では、かなりの件数のテロが、「イスラエル国籍の身分証明書を持つアラブ系」のよって手引きされている。
 もし、あなたがイスラエルに旅行に来てバスに乗った時、途中で乗ってきた若者があなたの横に座り、携帯電話でアラビア語を話している。電話を切った後もバスの中を見回したり、隣に座っているあなたの顔をじっと見たり・・・。
 この時、「もしかしてこの男は自爆テロをするのではないか?」と、ふと不安がよぎらないか?

 偏見だ!という声が聞こえてくるかもしれないが、これは現実である。
 実際、過去に起きたテロでも、「夏なのに厚着のアラブ人がいたので、バスを降りる時に運転手に告げたが、その直後にテロが起きたらしい。やはりあの男だった」「こんな場所からアラブ人が乗って来るなんておかしいとは思ったけど、やっぱり・・・」という目撃証言がほぼ毎回ある(テロリストがユダヤ人に変装していない限り)。
 パレスチナ人とアラブ系イスラエル人のアラビア語はほとんど同じであるため、どんなにアラビア語が堪能な人でも、それがパレスチナ人かどうかを聞き分けることは、まず不可能だ。こういった状況下で、「アラビア語を話す見知らぬ人がそばに来ても、決して疑ってはいけない」ということの方が無理である。
 この夏、イスラエル北部で起きたイスラエル兵士誘拐殺人の犯人も、自治区のパレスチナ人ではなく、殺された兵士が住む街のごく近くの村に住むアラブ系による犯行だった。
 また、テロやパレスチナ情勢とは別の次元だが、アラブ系イスラエル人による窃盗団やレイプ事件なども、ユダヤ系イスラエル人のアラブ不審を募らせる原因の一つである。

 もちろん、いいアラブ系イスラエル人も多くいる。その方が圧倒的である。
 詳しく書くと私個人を推定されるおそれがあるため、その例は書かないが、私自身は仕事上や個人的なことで、アラブ系イスラエル人と接する機会がかなり頻繁にある。彼らは流暢にヘブライ語を話せるし、人種が違うために生じるトラブルもほとんどない。
 それでも、見知らぬアラブ人を疑ってしまう気持ちは否めない。現に、私の知人とは全く無関係であるものの、彼らの住む町や村から、政治的犯罪人や実行犯が摘発されたことがあったのだから。

 と、これは「アラブ系イスラエル人」の話であるが、これ以外に、パレスチナ人でありながらもイスラエル国籍を持っている者がいるから、話が混乱してくる。
 生っ粋のアラブ系イスラエル人は、パレスチナ人を嫌っている。それはそうだろう。彼らのせいで、善良なアラブ系イスラエル人が偏見を持たれるのだからいい迷惑だ。
 ところが、町や村によっては、パレスチナ系に思想洗脳されてしまっているケースがある。特に、若い世代が洗脳されやすく、これに関しては、きちんとした歴史的事実を知っている50代以上の人達でも、手に負えない状態なのだ。
 親の世代が、パレスチナ人を好ましく思っていなくとも、それを口に出したら、「あいつはユダヤ寄りだ!」「スパイだ!」と命を狙われるかもしれない。息子や孫に、「そんな集会に行くな。デモなんかに関るな」と言っても、聞く耳を持たない。

 確かに、現在の長く続いた経済不況下においては、ユダヤ系だろうがアラブ系だろうが、失業率
は高い。アラブ系は、建設や土木に従事する人口が多いのだが、不況のために建築の仕事が激減している。
 さらに、ごく一部の住民が政治的事件に関与したアラブ系の町村は、イスラエルの治安当局から完全にマークされる。その町村の住民がユダヤ系と仕事をしようとしても、「あの村の出身者はちょっと・・・」と敬遠されてしまい、亀裂が広がっていく。
 アラブ系イスラエル人の鬱憤が溜まっているところに、「これは全てユダヤ人のせいだ」とパレスチナ系に吹き込まれ、ヤケを起こして、『パレスチナ援助・反イスラエル』に走るアラブ系の若者が増えてきてしまっている。残念ながらこれは事実である。
 
 ここまで読んでもまだ、「アラブ系に偏見を持ち続けるなんて・・・」と、ユダヤ系イスラエル人を批判するならば、日本の状況を見直してほしい。

 わが国・日本において、在日外国人がどのような存在であるのか。
 自分の世代から日本で生活を始めた人のことではない。二世・三世として日本に生まれた人達のことである。彼らは日本で生まれ育ったにもかかわらず、「両親が日本人ではないから」という理由で、『日本国の国籍』を与えられていないではないか!

 両親・祖父母の祖国に行ったこともなければ、その言葉も全く知らないのに、彼らは、「外国人登録証を携帯する外国人」なのである。海外旅行に行くにしても、最寄りのパスポートセンターではなく、それぞれ「親が生まれた国の大使館」に行かねばならず、日本に帰ってくる時には、「外国人入国審査」の列に並ぶ。それ以外にも、彼らは外国人であるから選挙権はなく、外国人であるから公務員にもなれない。
 ここ数年になって、自らを「二世だ」と名乗る芸能人やスポーツ選手も出てきたが、一般生活や進学・就職の時に、いまだにハンディを持っているのは紛れもない事実であり、自分が日本人ではないことを名乗らない人の方が圧倒的に多いではないか。

 今年の7月末、「イスラエル人と結婚したパレスチナ人には、イスラエル国籍を与えない」という法律が出来たのだが、これに対しても日本人は、激しく非難をしている。
 ならば日本政府は、日本人と結婚した外国人に対して、無条件ですんなりと日本国籍を与えているのだろうか? 

 こういった自分の国の事実に対してはなにも言わないくせに、イスラエルの実状を知りもしないで、何かで読んだだけの知識で、「アラブ系イスラエル人は二級国民で可哀相だ。ユダヤ系イスラエル人は傲慢だ」と非難する・・・。

 日本人は、一体、何様のつもりなのだ?
 
 
(2003年11月1日  無断転記及び抜粋禁止) 


参考資料:http://mideastreality.com/israeltodayarab.html

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